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住民が最も恐れていた事件が起きてしまったのだ。 この事件について、新聞社や通信社からコメントを求められて私は頭を抱えてしまった。
こうした事件になるか、ならないかの小さな犯罪、いやがらせについて、私たちの社会はさしたる解決方法を持っていないといっていい。 警察がしっかりしてくれたらいいじゃないか。
警察にも相談していたのに、なんでなんにもしなかったんだ。 事件が起きてからでは遅いのだ。
こうした事件のときには、必ずそうした声が湧き起こる。 警察を批判したコメントをしてほしいと言ってくる新聞、週刊誌もある。
だが、果たしてその通りだろうか。 近隣に困り者がいる日本の地域社会なんてそれこそゴマンとある。
犬の鳴き声がうるさい、夜中にピアノを弾いている。 奈良の騒音おばさんは異常だとしても、そんなご近所トラブルは日本中にあると言っていい。
そのたびに警察が飛んで行き、あるいは四六時中警官が張りつく。 そんなことをしていたら、日本の警察官の数を今の倍にしてもまだ足りない。

パトカーの数は三倍、四倍以上に増やさないと対処できない。 果たしてそうまでしなければならないのか。
行革、ところではない。 それになんでもかんでもお上に頼る国でいいのか。
そんな姿勢がそれこそ犯罪を未然に防ぐためには、国家は何をしてもいい、共謀罪もあっていい、そんな横暴さに拍車をかけているのではないか。 もちろん答えはすぐに見つからない。
コメントを求められた私は「まどろっこしいようだけど、あるべき地域社会の育成しかないんじゃないでしょうか」と答えさせてもらった。 安全社会のカラクリもちろんこうした形がすべていいとは言わない。
ただ、日本の地域社会には、顔役、あるいは村長(むらおさ)的な存在の人が必ずいたものである。 別に警察でもなければ、防犯委員でもない。
ただ、その人の存在が狭い社会のトラブルを何かにつけて解決に導いていたのだ。 加古川の事件を例に取れば、そんな存在の人がいれば、この困り者に対して「今度、そんなことを起こしたら、お前はこの地区にはおれないようになるぞ。
この地域から叩き出すぞ」という形でケジメを取って行く。 ときには、少々、乱暴な手だてを取ることもあったかも知れない。

だが、その困り者の家族もやはりこの地で暮らして行かなければならない。 そんな人の力もときにはありがたいのだ。
こうして私たちの社会はまだ組織された警察力もないころから、トラブルを回避してきたのではないか。 かつては権力を監視できる地域力をつけるそうした面から見れば、現代の日本に生きる私たちの方がはるかに知恵がない。
市民を監視下に置き、市民をコントロールすることにあるのだ。 だとすれば、まず私たち自身がそうした健全な地域社会を作って行く。
その自治の思いこそがこうした犯罪にならない犯罪、そして犯罪にならない犯罪がやがてはとんでもない重大犯罪に発展してしまうことを未然に防ぐのではないか。 そもそも子どもたちの事件が起きるたびに、地域ぐるみで子どもを守ろう、なんて声がそのときだけ起きるが、果たして今の日本社会で、地域で子どもを守ることが可能か。
マンションや団地が建ち並ぶなか、あの子がどこの家の子、何号棟の何番の子なんて知っている大人がどれだけいるのか。 その子が遠く離れた所にきていて、それを不審に思ってくれる大人が何人いるか。
第一、個人情報保護とやらで子どもたちの住所なんて知りようもない。 加えて子どもの安全のためということで、胸の名札も校章も外している子も多くなった。
話はまた逸れるが、この本を書いているころ、世界も日本もサッカー・ワールド・カップ・ドイツ大会で大騒ぎだった。 一次リーグで敗退してしまったけど、日本にこんなサッカー・ファンがいたのかという騒ぎだった。

だけど、私にはなんとなく、これがそのときだけの空騒ぎに思えてならなかった。 昨年、日本サッカー協会のKキャプテンをインタビューさせていただいたが、野球少年だったKさんがここまでサッカーに入れ込んだきっかけはサッカー選手として力をつけてきたころ、目の当たりにしたドイツのコミュニティだと言っておられた。
ドイツではほんの小さなコミュニティにも青々とした芝のサッカー・グラウンドがあり、そこにはクラブ・チーム、少年チームがある。 と同時に少し大きなコミュニティとなると、安全社会のカラクリオーケストラがある。
人々は休日や、平日も夕暮になると、夏場は9時ごろまで明るい屋外に繰り出し、楽しみ、ときにはコンサート会場に吸い込まれていく。 こうしたなかで大人も子どもも顔見知りになり、ときにはサッカーの試合を通じて、別のコミュニティの子どもたちも知ることになる。
もちろんドイツにも、子どもが被害に遇う事件はあるし、性犯罪については、前歴者の一部を情報公開するなど対策に追われている。 スポリストを作成だが、少なくとも、日本よりはコミュニティを充実させ、地域の安全対策や、子どもたちの育成、それらに地域が持つ力を活用しようとしていることだけは確かだ。
日本の社会が権力の監視に頼らずに安全を確保しようとするなら、まず、この地域社会の力を高めることではないだろうか。 お上に監視されるのではなく、小さな小さなこのコミュニティが力をつけ、逆に権力を監視し、その暴走を許さない。
それこそが私は真の安全社会と言えるのではないか、そう思うのだ。 理想に走りすぎだという批判もあるだろうが、私はまわり道に見えてこれが一番の近道であり、安全な道筋だと思うのである。
政府は諸機関の提言を受け、犯罪被害者等基本法に基づいて、援策となる犯罪被害者等基本計画を旧年ロ月に閣議決定した。 そのなかに、事件や事故の被害者を発表する際、匿名か実名かという判断を警察に委ねるという項目が盛り込まれている。
そもそも、なぜ今ごろ犯罪被害者がクローズアップされてくるのか、なぜそのような基本法ができなければいけなかったのか。 そこには、特に戦前の司法が、加害者(被疑者)の人権をないがしろにしてきた歴史があり、戦後は一転、その是正ばかりに力が注がれてきたという事情がある。

戦前は治安維持法の下で国家という権力が、むりやり加害者(被疑者)を仕立て上げ、拷問などによって自白を強いたり、また、国家権力に逆らう人には人権はない、という考えがまかり通っていた。 それが戦後は一転、GHQの主導で、新憲法が制定されていくなかで、いかに加害者(被疑者)の人権を守り、どうやって弁護していくかに力点が置かれてきた。
これはいわば当然の流れで、それまでいかにむちゃくちゃなことが、まかり通ってきたあかしかということの証だった。 ところが、そのなかで、「被害者」という視点が欠落していたのである。
被害者は、民事の場合、自らが裁判で訴えればいいわけだが、刑事の場合、捜査機関に告訴するしかなくその結果、警察が捜査して、検察が起訴するかどうかを判断する。 起訴不起訴はすべて検察官の権限のなかに集約されていて、被害者が口を挟む余地はない。
これを「起訴便宜主義」というのだが、ここには被害者の声は届かない。 それどころか、公判においても、被害者が生の声を届かせることはできない。
また、裁判所が、証人として採用してその声を聞くか、聞かないかというのは、弁護側か検察側のいずれかが証人申請をしないことには、叶うものではないのだ。

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